窓をあけておく

窓を開けておくと妻にすぐ閉められます。

日記:2021年8月下旬のワクチン副反応と梨の切り方と海

前回の日記はこちら。

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21日

午前中モデルナワクチン2回目接種。山大にて。前回よりも待機場所があってスムーズだった。妻には1回目で発熱したんだから今回はもっとひどいぞ、二日は寝込むぞと脅されている。どうかな。

妻は昨日あったあることで1日悩み、苦しんでいた。私も一緒に考え、話すけれど、ネガディブな方向で語ってしまうことが何度もあり、前向きな可能性やチャンスを考えたい妻を何度も傷つける。今回のことで自分のなかの何かが変わってしまったと言ったり、人類補完計画が成功したらよかったと言ったりしていて心配。

ワクチン副反応で夕方にはすでにダルい。 夜、子と風呂に入るも、そのあたりから一気に身体が熱っぽい。シャワーだけにしておくんだった。夕飯は妻が豆乳鍋を作ってくれた。子は横でそうめんとメロンを少し食べた。寝かしつけが結構大変で20時ごろにベットに行ってもなかなか眠そうにならない。大苦戦。私はベットで寝ているだけでなにもできず。深夜、大学院のころの友人や後輩たちのオンライン飲み会に少し参加。でもこの時点で熱が39.1℃あってきついので就職事情の厳しさを聞いてすぐに失礼する。それから寝ようとするも寒気が増して冷や汗が出て寝付けない。測らなかったけど感覚的には40℃近くまで上がったのではないか。0時ごろ、カロナールを飲んだら少しずつマシになったものの、よくわからない夢にうなされて何度も起きた。

 

22日

朝、昨晩と比べたら大分良いものの38.4℃くらいはある。それでも寒気がないのでかなりマシ。朝食に妻が小麦粉と豆乳のパンケーキを作ってくれた。卵を使っていないので子も食べてみる。も、噛んだり飲み込んだりしづらかったか、吐いてしまう。某こどもてつがくがオンラインで午前中にあるので、EVEを飲んで参加。EVEがよく効いてその時間は大丈夫だった。内容的には、なんでひとはたべものをたべないといきていけないの?という問いから始まり、食肉の是非にたどり着くというもの。終わった後聞いていた妻から小学校低学年の子たちにこういう話をするのはどうなのか、子にはこういう話はしないでほしいと言われ、考える。子どものころは肉も含めてバランス良く食べることが望ましいのに、そういう話をすることで深刻に受け止め、肉を食べることを避けるようになってしまうこともあるのではないかとのこと。おっしゃるとおりで、どんな年代にもどんなテーマでもとりあえず哲学しておけばいい、ということはないし、そこで話された内容をこちら(大人)が思う以上に真摯に受け止めて苦しい想いをする人がいるかもしれないことを忘れないようにしないといけない。

お昼を食べたあと買い物。私は子と2階のキッズスペースで待つ。そこで、女の子を遊ばせる黒づくめの女性2人に会う。優しく子に微笑みかけてくれた。帰宅後昼寝。夜、EVEが切れてきてだるさがまして食欲もない。妻が買ってきたお弁当食べるのを見てから自分も食べる。子は今日はほとんど離乳食食べず。お風呂もわたしはパスで2人はシャワー。今日も子はなかなか寝ない。寝かしつけのときに妻が落ち込んでいるまさにそのことを茶化すように言ってしまう。ホントによくない。 

深夜、昨日途中前まで見た韓国映画「ハチドリ」を観る。とてもよかった。妻も言っていたけど、邦画と比べていちいち説明臭くない。登場人物がしゃべりすぎない。それでも要所要所のセリフや演出で伝わるものはあるし、解釈の幅も残してある。思春期のウニ(主人公)たちの心の動きの全てを言葉にはさせず、観る側に余白を残しておく感じ。同時にフェミニズムの流れも確実にあって、最後にはウニの周りには先生や友だちはいなくなってしまうのだけど、それでもエンパワーメントされるなにかが残るようなやりとりがあったと思う。

 

23日

朝、起きたら熱も下がっている。36℃。頭も痛くなく、スッキリ。よかった。二晩でさっと終わった。しかしこれよりもっと苦しいこともあるだろうし、副反応怖くて受けない人もいるだろうなというレベルではある。これを経験すると人に積極的には勧めづらい。昨日届いた妻実家からの梨、子にあげてみると食べてくれる。私たちもと思って切ったのだけど、ちょっとずつたくさん食べたらいいかなと思って気を利かせたつもりで小さく切ったのだけど、妻の思っていた扇状のものではなくなってしまって、妻に悲しい思いをさせる。泣いていた。今はコロナのことも自分自身のことも重なってちょっとのことで悲しくなってしまうんだと話してくれた。そういう不安定な気持ちの中にあることを私は聞いて知っていたのだから、改めて申し訳ない。どうしたら元気が出るかな。なにができるかな、と思いつつ、午前中はそのまま家で過ごす。雨模様なので洗濯物は乾燥まで洗濯機で。ドラム式なのにしわくちゃになるイメージと乾燥後の匂いがあまり好きではなくて、あまり使ってこなかったけど、部屋干しの匂いはもっと嫌なので積極的に使ってもいい。

午後、なんだか雨は降らなそうなので、子が昼寝から起きたあと、散歩へ。西松屋で、先日私が壊した哺乳瓶洗い用のブラシを買うのが目的。スーパーに寄ってサーティワンを食べようとするも高くて二人とも躊躇する。結局私は食品売り場でライフガードを買い、妻はたこ焼き屋でクリームソーダを買った。夜、あさりの味噌汁とカツオのたたき、とろろご飯のシンプルな夕食。子は昼寝が短かったのもあってか、機嫌が悪く食べず。夕方作ってみたおやきもあまり食べなかった。つかみ食べの意思はありそうなんだけど、量を食べ続けるほどの集中力がない感じ。ほんと難しい。いつかは食べるんだろうか。

ここ2日くらいで『多様性との対話 ダイバーシティ推進が見えなくするもの』(青弓社)を読む。著者によってバラつきはあるけど、勉強になった。当事者研究の話が面白かった。そこから紐づいて、哲学プラクティス学会の高橋綾論文「当事者研究から哲学プラクティスが学ぶべきことー生きづらさや苦労を抱える人たちとの対話と探究ー」を読む。

 

24日

1日3食食べてはいるけどなんとなく食欲がない日も多い感じ。特に朝や昼は、めちゃくちゃ空くわけじゃないけど一応食べてる。

午前中、Tさんと1時間ミーティング。団体の講師アシスタント向けのガイドラインのたたき台づくりのお手伝い。午後学校へ。日本哲学ラクティス学会の準備。スライドを作るためにパワポを開き、ベースのデザインで小一時間悩む無駄な時間。結局終わらず。 帰りにマックスバリュでたこ焼きの材料を買う。子とお風呂に入ってから、たこ焼き。子は米と豆腐とスイカ。少しずつだけど食べる。夜、寝る前に少しスライド作りの続き。

 

25日

午前中、だらだら過ごす。午後、妻は図書館、私は子とゴミ捨てから高専に寄って、そのあとスーパーのキッズスペースにお出かけ、のつもりが、キッズスペースはコロナ禍で休止になっていた。かなし。帰宅後も子は寝ず、結局午後は行きの車で少し寝たくらいで、昼寝しなかった。夕方、早めにお風呂。夜、ワクチン副反応のIさんの代打で中高生のためのオンライン哲学対話をやっておられる方の話を伺う某イベントの進行。だいぶ雑な仕切りだったけど参加者に助けられた。哲学対話で居場所づくりはできるのだろうか。

 

26日

コロナ拡大で県内の公共施設が閉まることになってしまった。図書館も行けないし、キッズスペースにも行けない。とてもかなしい。

午前、ダラダラと過ごしてしまう。眠くなって10時30分くらいからソファで13時近くまで寝てしまう。子が室内に置いているモンステラの枝につかまったり、葉をむしったりするのでベランダに出した。パキラとウンベラータは以前から避難していたので、これで全員退避完了。昼を急いで食べて、某勉強会に参加して哲プラ連絡会の準備、なかなか難しい。妻には出かけてきていいよと言っていたけど、タイミングを与えてあげられなかった。終了後、3人でお散歩。近所にある木曜だけやっているケーキ屋「ねぇーねのケーキ工場」に行ってケーキを買う。おそらく、元ねぇーね、今ばぁーば、らしき人の手作り感たっぷりのケーキを買って、帰宅後美味しくいただく。夜、子はほとんど昼寝をしなかったのですぐに限界という感じで離乳食は食べず、コテンと就寝。21時から急遽、連絡会の打ち合わせ。反省して、これから1週間で間に合わせるべきことあり。大変だ。どれくらい私も協力できるかしら。深夜、哲学プラクティス学会のスライド、ほぼ完成。

 

27日

朝、スライドを妻に見てもらって修正してメール。妻は昼前にコメダへ。私と子は留守番。子と二人だとなかなか本を読んだりできなくて、音声や動画のほうがいい。京大の「立ち止まって考える」シリーズの伊勢田さんの動画を見たりする。昼ごはんのときに子に離乳食あげてみるも果物しか食べず。夕方、日記をブログ用に整理する。妻が帰宅してからチェックしてもらって、公開。夕飯はシャケとモロヘイヤとご飯と味噌汁。子は昼寝が短すぎて、夕方にはぐずぐずしていて、離乳食もほとんど食べなかった。深夜、Kさん、Kさん、Yさんとzoom。大事な話がたくさんあった気がする。安心安全や傷つきの問題、マイナーとして活動したり連帯する問題、など。

 

28日

午前中、連絡会の打ち合わせ。これで打ち合わせはラストになるはず。ふだん一緒に活動しない人たちと思いがけずかなり時間をかけて動いたことについては勉強になったことも多かった。今、このタイミングで関われてよかった。zoomのリンクを入れたタイムテーブルの作成を請け負ったのでしっかりやらなければ。昼、妻がオムライスを作ってくれる。子はおにぎり、レバーと野菜のペースト、みそ汁を食べた。珍しく、ペーストもスプーンから食べてた。すごい。そのあと妻は昼寝、子も少しして昼寝、私は連絡会の準備。夕方、月曜日の旅行の予約をとり、数日前に見始めたオッドタクシーの続きを観る。子に離乳食をあげようとするもあまり食べず。朝昼食べたから仕方ないか。寝かしつけてから夕飯は鶏肉焼いたり野菜焼いたり瓦そば焼いたり。妻が作ってくれたフライドポテトがとても美味しかった。

 

29日

朝、朝食がないので、最近近くにできた「資さんうどん」に行ってみることに。九州ローカルのうどんチェーンがついに山口にもということらしく、だいぶ前から街全体がざわざわと開店を待ちわびていた。朝食の時間帯なのに混んでたし、開店して1週間でまだ店員のオペレーションがバタついてて不安になる。うどんは柔らかいうどんで美味しかった。子にあげたら結構食べてて、それが何よりよかった。落ち着いたころにまた来たい。帰りに買い物。

昼過ぎ、高校非常勤のときの生徒さんたちに誘ってもらってzoom。とても良い子たちで楽しかった。またやってもよい。ニーズがあれば。こういう当時の教え子である卒業生との交流みたいなの、妻は時々やっているけれど、私はほぼない。自分の学生時代にもないし、卒業したら先生に会いたい、みたいなのもなかったな。夜、カツオのたたきと唐揚げで夕飯。子は朝のうどん以外、離乳食はほぼ食べず。そういう日もある。オッドタクシーを見進める。珍しく妻も私も波長があって面白いと感じている作品。

 

30日

旅行の日。一度はキャンセルして、今回も感染が拡がっているところで大変迷ったのだけれど、育休ももうすぐ終わってしまって気軽に出かけられなくなるし、夏の思い出にと車で行ける県内のところならいいかと、周防大島のホテルへ。午前中に出発。2時間かけて到着。昼ごはんは島の中にあるイタリアンレストランで食べる。たまたまルートを間違えた結果巡り合ったお店で、ピザもパスタも美味しい当たりの店だった。ホテルでは、海、屋外プール、屋内プール、全部に少しずつ3人で入る。子はどこも泣かずに楽しそうにしてて、すごかったし、可愛かった。海水もうまそうに舐めてた。

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パイナップルの水着がかわいいな。

それから部屋に入り、私たちは順番に風呂。部屋はけちって山側にしていたのだけど、空きがあるとのことで海側に無償アップグレードしてくれてた。天気も曇りの予報もあったけど、着いてみたらよく晴れていて、景色も素晴らしかった。夕飯はバーベキュー。肉がたくさんあった。海鮮はサザエと鮑とえび。サザエは苦かったが、鮑は美味しかった。以前別の旅館に行ったときにわざわざ変えてもらうほどのことはなかったかも。食後、海で買ってきた花火。手持ち花火と線香花火のつもりが、なんと間違えてロケット花火を買ってしまっていた。最初、気づかずに手持ちの状態でロケット花火に火をつけていて、すんでのところで気づいて砂浜に差して火をつけたけど、危うく思春期のヤンチャな少年少女のように手持ちでロケット花火でぶつけ合うところだった。でも我々で10本くらいのロケット花火をやるのも虚しいので、近くにいた二組のご家族に数本ずつ差し上げる。代わりに近くで筒の花火をやるのを見せてもらう。(手持ち花火と交換してもらいたかったけど、交換してくれなかった。)子は夕方に2時間くらい昼寝をしたので、全然寝ず、部屋で遊んでいたけど、21時過ぎてからようやく寝る。ベビーベッドを用意してもらっていたのでそれを使う。深夜、子が起きてからは私のベッドで一緒に寝た。

 

31日

朝、いつも通り6時くらいに子が起きる。私は朝風呂。その後8時ごろに朝食バイキング。派手なメニューはないけどどれも美味しい。みかんカレー(!!)があったけど、スパイシーな部分とみかんの甘味とが相まってとても美味しかった。子はスイカを食べた。チェックアウト後、もう一度プールと海。海は前日は緑がかって濁っているように見えたけど、今日は透き通っていて素晴らしかった。合わせて1時間弱、入って遊ぶ。昼ごろ、ホテルを出て、道の駅へ。平日ということであまり賑わっていなかったけど、2階のレストランで昼食。私はアナゴのちらし寿司、妻は天ぷら定食、どっちも美味しかった。私の注文についていたミニうどんを子にわけてあげたらパクパク食べてた。うどん、家に帰ってからもやるべし。食後にみかんソフトを食べて、帰路。眠かったけど2人で交代して運転したのでなんとかなった。子は車でずっと寝ていたので、夕方帰宅後はとても元気。家でのはしゃぎっぷりを見ると、プールや海ではだいぶ警戒したり、緊張したり、よそ行きだったんだなと思う。離乳食は全然食べず。うどんとかフルーツとかパンとか、だいぶ好みがはっきりしてきた。

夜、妻とスペース(Twitterの機能で音声配信ができるやつ)を初めてすることに。雑談のネタを付箋に書いて挑む。最初から20人くらいが聞いてくれていて、さらにSNSの人気者たちが参戦してくれたからかピークは60名近くが聞いてたかも。30分で終わるつもりが妻も勢いがついてきて色んな人に話してもらいながら1時間半くらいやる。私がしたのはオナラやウンチの話ばかりだったがいいのだろうか。これだけ人が参加してくれて、ゆるゆるしゃべるのならスペースも面白いなと思うのでした。

9月5日(日) 日本哲学プラクティス学会第3回大会に参加したので感想

昨日投稿した哲学プラクティス連絡会の話に続いて参加報告。

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日本哲学ラクティス学会とはなにか。

哲学プラクティスは、市民が自由に語り思索する自発的な活動です。この活動をさらに発展させ、より活発で意義深いものにするためには、対話と思考に関する多分野からの専門的な研究によって支援する必要があります。そこで、社会において深く対話する力と根本的に思考する力を伸長させ、それにより議論する文化を構築し、民主主義と市民参加の活性化に貢献することを目的として、「日本哲学ラクティス学会」を設立することにいたしました。哲学や倫理学、宗教学だけでなく、教育学、心理学、社会学等の幅広い分野からの人々が集い、現在および将来の哲学プラクティスのあり方を根本的に議論できる場となることを目指します。(学会HPの設立趣旨より。)

 

9月5日(日) 日本哲学ラクティス学会第3回大会

https://philopracticejapan.jp/meeting/

前日夜にも前日企画ワークショップがあったのだけれどそちらは参加せず当日だけ。

感想は自分が聞けたものについてだけ。

 

9:00 久島発表:ことばの排除性への反省を織り込んだ哲学プラクティス の可能性:バフチンの対話理論における道化に注目して

・スライドがめちゃくちゃ美しい(今なんの話をしているのかが分かりやすい)!参考にしたい。

バフチン。オープンダイアローグの本を読むと出てくるなあくらいで詳しく知らなかったので勉強になる。

・権威的な言葉を揺さぶる「愚者」や「道化」の事例として紹介されていたディベートにおける「クリティーク」の話も興味深かった。論点そのものを揺さぶるというのは確かに哲学プラクティスのもつ大事な視点。

・最後に学校の中に「休暇」的=アジール的空間として哲学プラクティスを位置付けるという提案もあって、そこもよくわかるところではある。ただこの辺りで私がつまづくのが、哲学対話はやっぱり主流の側ではなくてあくまでそれを批判したり、解体してみせるような側にあるのかな、ということ。私はそれでいいとも思うけど、そうすると「みんなに哲学を」みたいな理念とは変わってくるのかなあ。みんなが学校でいつも哲学するようになったら(いや、そんなことはないんだけども)、その哲学は「休暇」なのかな。

 

9:40 村瀬発表:哲学対話では何が起こっているのか?―「配慮・尊重」と「問い」の関係を考える―

・軽快なトーク(ご本人は「言い訳」と言っていた)。村瀬さんの授業みがある。
・事前に構想を聞いた時から(当たり前だけど)資料や引用も増えていて充実していた

・ご自身でも専門にしている分析哲学の手癖が出るかもと言っていたけど、確かにそんな感じはして、仮説や前提をもとに今、言えそうなところまできっちり語ってくれるのだけど、そこからが聴きたいんだよ!みたいなところで終わるもどかしさはある。

・探究と共同体の区別、思考とケアや実存の区別、哲学と共感や配慮の区別、いろいろ対応しそうな言われ方があって、そこが関係しているから哲学対話はおもしろい、というのはまさにそうで、でもその関係をどう考えるかは、私自身まだよくわからないし、意見も割れるんだろうなあ。

・質疑のとき、いわゆるBig  P的な問い(昔から哲学者たちが考えてきたような問い)も個性を表すのか、という話題があったと記憶しているのだけど、確かにどうなんだろうと。村瀬さんは「その人の問いや問題意識は、その人の見方を、他のものとは別の、独特の仕方で、表している」と発表されていて、「問い」単独というより、やはり「その人の問題意識」まで含めて、個性を表す何か、という感じが今はする。問題意識ってなんだろうね。

 

10:30 小川仁志発表:メディアにおける哲学プラクティスの実践例及びその課題について

・馬場発表と同時に聞こうと思ったのだけど、こちらに集中。

・今この業界でこの問題について話せる人はすごく少ない貴重な話。メディア出演のかかえる複雑さ・難しさの話があり、もっとたくさんの人が聴いて議論する価値のある話だった。

・山口ローカルの民放の夕方の情報番組に毎週月曜日コメンテーターとして出られていて、なんとなく月曜日はあ、小川さん出るぞと思ってテレビつけてたりする。哲学者というよりはほんとにコメンテーターという感じで、見ているこっちは「哲学者ならではの批判的コメントでお茶の間を凍りつかせてくれ!」とか思うんだけど、実際は色々な難しさや葛藤があり、あそこに座っているんだなあとしみじみ*1

・たくさんのクライアントがいてそことの交渉や妥協がたくさんあるという点では学校での哲学プラクティスと似ているかも。

・司会者も最後にコメントしていたけれど、課題がたくさんあるのに、それでもなんでテレビに関わることに取り組まれているんだろうという疑問は残る感じもした。学校と同じで依頼が来るからとも言えるけど、小川さんの取り組まれ方はその域を超えた熱量を感じるもので、モチベーションの所在は気になった。

 

11:10 土井発表:哲学研究発表会の学生・生徒による実践と、高大連携およびオンラインへの展開

・桂ノ口発表と同時聴きしていたのだけど、人数が少なかったのと質問したいことが出てきたのでこちらに集中

・筑波大といえば哲学カフェのイメージしかなかったけど、学生による自主研究発表会みたいなものも広がっているなんてすごい。聞き間違えでなければ、毎回30〜100名(!)の学生が参加しているらしい。

・でも、そういう試みについて学内の教員からは(発表の質が)「低い」という評価が出るのは哲学カフェと似てて興味深い。

・質問してみて分かったけど、哲学カフェに参加する層と研究発表したい層はグラデーションがある=必ずしも重ならないとのこと。そういう多様な関心に大学が応えているのがいいなと思った。学生にも様々なニーズがあり、複数の教員がいることでそれにそれぞれの仕方で応えていく、というのは大事。私はもっと誰かと協働することを学び、始めないといけない。

 

お昼

・松川発表は早々に抜けさせてもらって、買い物に行っていた妻と子を迎えに車で。帰宅して昼食。

・午後のワークショップ(高専での専門の教員とコラボした哲学対話の実践の報告があって、もちろん興味深かったのだけれど、4月に着任されてからすぐにそんなコラボレーションをしたなんて眩しすぎて、実際に話を伺ったら卒倒していたかもしれない)には参加せず、シンポの発表の練習をしたあと、登壇者の最終打ち合わせ。

 

15:15 シンポジウム:哲学プラクティス連絡会・哲学プラクティス学会共同企画 「哲学プラクティスの倫理」

・他の登壇者の方などへの共有の必要性もあって、早めに資料を作っていたので直前のバタバタがなかったのは、今での学会発表とは違う感じ。

・自分の研究や実践の成果を発表するというわけではなくて、課題や問題の共有という趣旨だったので、どんな風に受け止められるかわからないという心配も感じつつ。

 

山本発表:哲学カフェにおける倫理的課題

・連絡会の実行委員や倫理綱領の勉強会でご一緒させていただく中で、節々に伺っていた課題意識をはっきりと述べてくださっていた。今までみんななんとなくは思っていたり、わかっていたことを丁寧に整理をしてシンポジウムの場で言ってくださったことに感謝。

・“「哲学プラクティス」の現状の広がりを考えると、倫理的課題について実践者が個々で考えれば/対処すればいい、というフェーズはすでに終わっている“という話もグサッとくる感じ。山本さんは具体的にどうするかを懸命に考え、動いておられるからこそ話せる大切な提起。

・連絡会の大会実行委員長としてのお仕事、連絡会での発表、このシンポジウムのための事前ヒアリング、そして登壇者としての発表、めちゃくちゃ大変だったと思うので、聞いていた人全員Zoomの画面越しにスタンディングオベーションしていたに違いない。

 

私の発表:学校における哲学プラクティスの課題と実践者の職業倫理

ヒアリングの内容はもちろんなんだけれど、これまでたくさんの人と話し、教えてもらってきたことがあって、できた発表だという感触があって、そういう人たちの顔を思い浮かべながら発表準備をしていた。うまく誰かの想いもすくえていたらいいな。

・職業倫理ということで私がここで念頭に置いていたのは、実践者が必要以上に期待や責任を背負わなくてよいようにするために、あなたの職分はここまでですよと言えるための何かということで、それがうまく伝わっていたらいいな。

ヒアリングの場にいなかったのにメモだけで報告をするという微妙な立ち位置のなかで、学校での哲学プラクティスの課題をなるべく広く共有しようと頑張ってしゃべったので聞いていた人全員Zoomの画面越しに拍手をしていたに違いない。

ヒアリング内容が含まれているスライドだったので公開はしなかったけど、自分が整理して話した部分についてはブログにまとめておいてもいいかも。

小西発表

・哲学を含む文系学問が「社会的要請」に応えるための役に立つ何かであろうとしている動きについて説明をされた上で、哲学対話へ。哲学対話についての効用を語ることも「実際」にもたらされる効用に加えて、研究者にとっての就職先確保や研究費獲得などにも役に立つという誘惑があるという指摘。

・哲学プラクティスが単なる研究者のアウトリーチ活動に留まっているとすれば、そのことで生じる問題(「現場」の知恵の軽視)があるのではないか。役に立つことを押し出すあまり、現場にとっての想いや実情が軽視されてはいないか。本当に大事な問題提起。私や山本さんの実践ベースでの発表の背景にある構造を教えてもらったような感覚。

・ご自身は実践者ではなく哲学プラクティスの研究を専門とされているわけではないなかで、ご多忙の中丁寧に資料に当たってくださり、なかなか学会や連絡会で普段活動している人からは言いづらい大切な批判的視点を提起してくださったので、聞いていた人全員Zoomの画面越しにスタンディングオベーションしていたに違いない。

 

全体の討論

・チャットでたくさんの問いと提案が来ていて、すごくよかった。ものの、もう少し我々一人一人の問題提起についても具体的に考えられたら発表者としては楽しかったな。たくさんの提案や考えるべき問いがあって、それを共有するのはよかったのだけど、どれくらいそういう提案や問いの発生に、私たちの発表が寄与できたかどうか分からず、消化不良感はあった。

・何の質問か提案だったかちょっとはっきり思い出せないのだが、「必要悪」という言葉が出てきて、よく意味がとれなかったことは覚えている。哲学対話は必要悪ってことだっけ。(ここまで書いた後で「必要悪」って言葉を使ったのは知り合いだったことが発覚。文脈も哲学対話そのものについての話でもないし、必要悪という言い方もちょっと違ったかもとのことだった。)

 

参加し終えて

・自主的打ち上げの会があったようだけど、参加せず、子を寝かせたあとで妻とゆっくり食事。夏の終わりを感じながらビールを飲む。

・3日間哲学プラクティスのことを考えて真面目に過ごしたので全然関係ない話がしたくて、妻に言って雑談のスペースをやった。

 

*1:この前見たときは、翌日にカレーの特集で隠し味を取り上げるとのことで、番組終了20秒前くらいに「小川先生、カレーの隠し味を教えてください!」と振られ、じっくり溜めて「ここだけですよ〜!・・・・・・ラー油!」とキメ顔で言ったところで番組が終わる、という名コメンテーターぶりだった

9月3日と4日、哲学プラクティス連絡会第7回大会に参加したので感想

哲学プラクティス連絡会は「日本国内における哲学プラクティスの実践者・研究者が集まり、たがいの活動を報告し、情報を交換しあうことによって、哲学プラクティスを豊かで実りの多いものに発展させていくことを目的」(連絡会HP)とした集まりです。年一回の大会は感覚的にはいろんな人たちが集まり、いろんな話ができて交流をして元気をもらえる「お祭り」という感じ。今年は実行委員として準備から関わり、当日は発表もしたので、ちゃんとまとめておきます。報告を残すのは大事。

 

9月3日(金) 19:00 哲学プラクティス連絡会の前日企画:顔を合わせて声を出してみよう:『ドキュメント臨床哲学』朗読会

当該の本に出てくる「ロボット」発言事件の節について、参加者同士が集まって「顔を合わせて声を出してみる」企画。

臨床哲学の授業で、ある看護研究者が「植物状態で、意識の兆候がはっきりわからないような患者さん…に、ナースはどういうふうに何に促されて声をかけているのか」(p.14)という発表をした。そのとき、大学院生の一人が「状況を読み替えていわゆる思考実験をして、仮にその人がロボットだった場合には、ナースは同じような行動を取るのか、それとも変わるのか、ということを発言」(p.14)し、「その場にいたある看護教員が「患者さんの看護の話をしているのに一体どういうセンスをしているんだ」という風に怒っ」た(p.15)。この“事件”を当時のメモをもとに再構成したパート、および複数の関係者が<「ロボット」発言をどう受けとめたか><なぜそしていかに「ロボット」発言なのか>について証言したパートから成る節。(https://peatix.com/event/2867737

・実は『ドキュメント臨床哲学』は未読で、この事件のことも知らなかったので、まずそもそも今回のことで知れて、読めてよかった。当事者含めてそれについて話をし、出版物に遺していってくれていることに感謝。

・みんなで音読するだけで1時間近くかかって、時間がかかる(事前に読んできてディスカッションすればいいじゃんとか思っちゃう)けれど、その場でとにかく一度読むことで、みんなでこの事件と感じたことを共有したという土台ができる感覚もあった。

・集まったみんなで同じことをコツコツ積み上げていくことの大事さみたいな感じかな。

 

9月4日(土) 哲学プラクティス連絡会当日

http://philosophicalpractice.jp/information/

自分が参加したところについて書きますね。事前の申し込みのあった数でいうと参加者総数は90名超。スタッフを入れて100人くらいだった。

9:30 大会実行委員で直前打ち合わせ

・参加のときの音声環境について悩み、もぞもぞして妻を困らせる

・自宅からオンラインイベントに一日集中して参加するのって大変(直前まで妻と細かく相談しておかなかった私が悪い)

・結局、スピーカーは使わず、PCに有線イヤホンを、iPadに無線イヤホンの2台体制で行くことに

 

10:00 オープニング

大会のガイドライン発表。この作成は昨年度からの更新部分で、自分もハラスメント等発生時の相談窓口に名前を連ねた。なにができるかわからないけれど。大会直前ではあったけど運営委員以外の方にも3名、協力していただけたのがとてもよかった。

 

10:30 ワークショップ:地域でこども哲学2021 〜なんで私が”今も”こども哲学?〜 にて発表(司会)

・私が提案した企画。4年前も(ほぼ)同じメンバーで連絡会で発表していて、それから4年経って変わったこととか今の想いを話し合うという趣旨のトークセッション。

・参加者MAX24名くらい(うち発表者とスタッフが8人なので、純参加者は16名くらい。)

・発表者してくれた人たちは長く続けているなかでご自身のなかにある種の変化はあったようだけれど、その方向性が違うのが興味深かった。ファシリテーションのやり方が180度変わった人もいれば、一実践者から普及を担う「先輩」になってきた人、苦しさや葛藤をもつ人、などなど。地域であえて続けていくモチベーションや楽しさを維持し続けるのって大変だなあと改めて。

・聞いていただいた方達からはいくつかチャットで感想や質問を受け付けつつ、基本的には最後まで発表者間でのトークセッション。

・聞いてくれてる人たちにも話しをしてもらう工夫や準備があればよかったけど、どうしたらよかったかな。あのメンバーで話すという点だけでも時間が足りなかったからなー。

 

13:30 プレゼンテーション:探究の共同体における教師と子ども のタイムキーパー

・実行委員としてzoomアカウントの管理やタイムキープの仕事。つつがなく終わってよかった。

・ビースタのP4C批判を念頭にしながら、複数の研究を参照しながら議論をされてとても明快。

・実践上の「聞くhear」と「聴くlisten」の区別を提案されて、P4Cにおいて教師は単に議論に注意を向けて「聴く」だけでなく、ただそこで発されている言葉を受け入れるように「聞く」こともするのではないかという問題提起。後半の議論でも「聞く」と「聴く」の話題で盛り上がる。

・参加者から「連絡会にもこういう発表(研究よりの?)があってよかった」とのコメントがあったけど私もそう思った。よく練られたものを提示してもらえるのは受け取る側としてとても勉強になるのでありがたい。

 

15:00ワークショップ: 哲学プラクティショナーはどうすれば一緒に考えられる?:倫理綱領勉強会の経験を手がかりに にて発表

・ここ2、3ヶ月くらい、毎週の勉強会に入れてもらっていたメンバーと企画して発表。大会のテーマ「安心・安全」にも関係するし、連絡会や学会でのワーキンググループで議論していきたいような=発表者個々人では受け止めきれないような話題も含んでいるのでそれなりに緊張。

・参加者33名くらい。そのうち、話したいと言ってくれた人が20人くらいいたのでブレークアウトルーム2つに分かれて実施。

・”哲学プラクティスにかんする課題を一緒に考える”際の「みんな」について考える場だったのだけど、そもそもの前段の”哲学プラクティスにかんする課題を一緒に考える”ということで発表者が思っていることについてもう少し共有しておいたほうが参加しやすかったかもしれない。それでも参加者の人たちは難しい問いかけについて一緒についてきて考えてくださった。

・こういう問題(どういう問題だろ)って、自分自身をその「みんな」に入りうるものとしてどれくらい思えているかにそもそもズレがあるので、話に温度差みたいなものを感じることもある。でもそれは当然のことなので、それを踏まえていかないと、意識高い人たちだけの排除性たっぷりの集まりみたいになっちゃう。

・ブレークアウトルームの司会をしたけど、そういうわけでめちゃくちゃ難しかった!

・発表中は「倫理綱領」についてはあまり話題にはならななったものの、終わったあと、17時まで「倫理綱領」などをめぐって雑談が白熱していた印象。むしろ倫理綱領について考えたかったのかな。

 

17:00 運営企画&クロージングトーク

・連絡会のこれからを考えるために、現状維持か新しい役割や機能を付けていくかについて意見を出し合う会。

・現状維持グループの書記をしたけど、事務局負担のことを多くの方が気にしてくださっているのがよくわかった。なんというか、基本的にみんな今の持ち場での仕事でいっぱいいっぱいで負担を担おうとはなれないんだろうな。

・私は今年は育休中で時間がありそうだったので、いつも参加して楽しませてもらっているお礼のつもりで運営委員をやったけど、確かに来年は仕事をしながらだとなかなかきついなという感覚がある。どうやっていくのがいいのかな。わかんないな。

 

終了後の(我が家での)事件

ほぼ1日妻に子をみてもらっていたし、同じ部屋の中で私がちょこちょこ喋るから妻も集中して何かができるわけでもないし、妻も気になる話題もあっただろうに一緒に聞いたり参加するような環境にできなくて申し訳なかったです。

せめてもの感謝の気持ちで、たらこパスタを私が作り始めるけれど、その途中で声をかけてもらった倫理綱領勉強会メンバーの軽い打ち上げに参加。耳で聞きながら調理する。麺を茹でて、フライパンにバターを敷いて熱して、麺が茹で上がったところでフライパンに移して茹で汁足して、たらこを混ぜてさっと絡める、という時間との勝負の最中に、打ち上げのほうで話したくなってしまって話し始めてしまい、パスタとたらこの入ったフライパンをだらだらと火にかけ続けてしまう。見かねた妻がキッチンに来て伸びてしまった麺をお皿によそう。

モヤモヤするので打ち上げに参加して話したい気持ちと1日のお礼のせめてもの印として家事をしたい気持ちを両方やろうとして、失敗する。妻からすれば打ち上げに参加したいならすればいい(たらこパスタは自分で作る)し、たらこパスタ作るならそのときだけでも料理に集中しろ、ということでその通り。私にはほんとこういうことがよくある。ごめんなさい。

 

実行委員をしてみて

・いつも他にもお忙しいことがたくさんある中大会を支えてくださった人たちには感謝しているつもりなのだけれど、思っているならちゃんと支える側にと思って、今年はチャレンジしてみた。思いのほか、打ち合わせもたくさんあってきついなーと思わないでもなかったし、きっとこれからより持続可能な運営にしていくためにはマニュアル化・フォーマット化できるところはしていく必要があるんだろうとも感じた。特に実行委員長は仕事しすぎなのでなんとかしないといけない。この仕事量を前提に誰かにふるのはやっぱりかなりきつい。今年はガイドライン作成なども含めて整備や知見の積み上げがだいぶ進んだ印象(そのせいで実行委員長は余計大変になってしまったわけだけれど)で、そろそろ運営の簡素化の条件が整ってきたんじゃないかな。

・個人としては他の方が作ってくださったタイムテーブルを下敷きにした上で、Zoomや要旨集へのリンク付きのタイムテーブル(タイムテーブル上の該当のものをクリックするだけで発表に飛べる)を作ったのでそれがみなさんにとって快適さにつながっていればうれしいな。

・翌日の日本哲学ラクティス学会の大会についての連絡や予稿集やZoomリンクの案内は、必要な情報を盛り込んだシンプルなもので、連絡会の実行委員でプログラム集のあり方とかに散々議論していたのに比べると落差も感じる。もちろん連絡会と学会で想定している参加者も違うのだけど、連絡会のほうもシンプルにできることはシンプルにしたらいいのかも。従来のアカデミアの慣習による学会的あり方が唯一の正解ではないんだけれども。

・今回は元々が関西での開催を目論んでいた経緯もあり(?)、これまでじっくり一緒に何かを企画したりすることはなかった人たちと長い期間の準備を一緒にさせてもらうことになって、それ自体が一つの哲学プラクティスのような感覚もあり、とても貴重な時間だった。こういう細かい作業やSlackでの日々のやりとりが哲学か?と問われると違うかもと思うけど、哲学プラクティスっぽいよとは言える。ご一緒できたことに感謝です。ありがとうございます。

 

うれしいこと

・大会と同時に連絡会の機関紙である『みんなで考えよう』が公開された(全文へのリンク⇨https://drive.google.com/file/d/1y_NPK2_o_83RVy7ZCmCOhjovO5sa2pkH/view?usp=sharing)

のだけど、そこに勤務校の学生さんが、昨年度私とやったプロジェクト学習でのオンライン哲学対話についての文章を投稿してくれている。私も事前に話は聞いて、軽く読んでコメントをさせてもらったけどしっかり自分で仕上げたのはえらい。うれしい。編集委員のみなさま、いつもありがとうございます。『みんなで考えよう』を読む会もやりたいですね。やりたいことはたくさんある。

 

以上。他の人の感想も読みたい!

明日は翌日にあった哲学プラクティス学会についての感想も書きます。

 

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