高専てつがくは発狂する

「こどもの哲学」(P4C)とそれにまつわるものたちでテキストを書こう。みんなで書こう。これからは日々のことも綴ってみようと思います。

P4Cとフェミニズムが気になる

P4C(こどものための哲学Philosophy for children)とフェミニズム

この二つは結構古くから結びつけて論じられてきたらしいということを最近知る。

実際にP4Cの初期の代表的な論文集*1でも、1994年と1997年の二度にわたってP4Cとフェミニズムについての論集が組まれている。すごい。日本の実践者がP4Cを知るようになるだいぶ前からもうP4Cの実践はこういう展開をしていたのだ。

 

このことがとても気になっていて、今の国内での実践にとっても、以前からP4Cとフェミニズムを結びつけて考えようとしていた人たちとともに考えることは大事な気がしている。それを論じてみたい気がしながらうまく問題として捉えられない。ので、以下少しメモをします。

 

 

アン・マーガレット・シャープさん

そもそもP4C(こどものための哲学Philosophy for children)は1960年代後半から70年代にかけてマシュー・リップマン「が」始めた、というこれまでの国内の説明だと与えてしまっているかもしれないけれど、事実はそうではない(らしい)。

邦訳書が2冊あるけれど、

 

子どものための哲学授業: 「学びの場」のつくりかた

子どものための哲学授業: 「学びの場」のつくりかた

 

こっちはご覧の通り、共著者がいる。 ついつい文献表などでも省略してリップマン「ら」と書いてしまうのだけれど、そのなかに実は初期からP4Cとフェミニズムの関連性を指摘してきた人物がいる。アン・マーガレット・シャープさん(1942-2010)。

日本語でもこちらの本で読めます。

こどものてつがく- ケアと幸せのための対話 (シリーズ臨床哲学3)

こどものてつがく- ケアと幸せのための対話 (シリーズ臨床哲学3)

 

 人となりは、

彼女[シャープ]はリップマンとともに「こどものための哲学」を創設した第一世代であり、「ケア的思考」を重視している。[...]歳を重ねてもこどもらしさを失わないピュアな精神の持ち主(わたしたちはそれを「P4Cマインド」と呼んでいる)で、彼女の立ち居振る舞いから、こどもたちの対話の経験の豊かさが滲み出ていた。*2

 

 

アンは、マーサ・ヌスバウムアマルティア・センなどに言及しながら、こどもには、精神的だけでなく身体的統一感や性的志向にも配慮され、尊厳を持った存在として平等に扱われる権利があり、そうした環境の中で、自尊心をもち、自己表現や考える力を養っていくことが重要であると述べた。IAPCの研究は授業方法や評価についての研究など教育学的なアプローチが多いと思っていたので、アンがこどもの権利についてフェミニズム、人間開発などの観点から意見を述べたことは新鮮に感じられた。*3

 

リップマンやマシューズ*4 のことを第一世代と呼んで、シャープさんのことを第二世代と呼ぶこともあるようだけれど*5、初期からの活躍っぷりからしたら第二世代にはいれられないだろうという感じがする。

 たとえば、シャープさんの貢献を受けてこういう本も出ているくらい。買った。

In Community of Inquiry with Ann Margaret Sharp: Childhood, Philosophy and Education (Routledge International Studies in the Philosophy of Education)

In Community of Inquiry with Ann Margaret Sharp: Childhood, Philosophy and Education (Routledge International Studies in the Philosophy of Education)

 

 そこのイントロでは、こんなことが紹介されている。

  • シャープさんは、リップマンの『ハリー』を読んで感銘を受け、1973年ごろアポイントをとり、リップマンに初めて会う。そこから「子どものための哲学推進研究所(Institute for the Advancement of Philosophy for Children, IAPC)」を舞台に35年の協同研究が始まったそう。
  • 「探究の共同体」という(プラグマティズムの)哲学的な観念を、教育的な実践のモデルへと再構築するというアイデアは、シャープの功績であることをリップマンは認めている。

 

そしてそんなシャープさんの関心事の一つに、フェミニズムがあったことは明らか。上記の本でも、フェミニズムを中心主題とする節があるし、冒頭で述べたThinkingの特集号の担当はどちらもシャープさんだ。

 

うろ覚えだけれど、リップマンのP4Cにおける「多元的思考力」=3C, Critical/ Creative/ CaringのアイデアのうちのCaringについてはシャープさんの貢献度が高いという話も聞いたことがある。

そういうことを思うと、なおさらP4Cとフェミニズムのことが気になってくる。

 
いくつかの論文

まだ精読できていないものばかりなのだけれど、論文の冒頭部で概要をしゃべっていそうなところをざっと訳してみる。

 

  • Sharp, Ann Margaret, "Peirce, Feminism, and Philosophy for Children", in: Analytic Teaching, Vol. 14, No. 1, pp. 51-62.

この論文全体の目的は、以下の3つの関連するテーマを探究することである。

(a)フェミニスト哲学とこどものための哲学はpedagogy、包括的な方向性そして可謬的だが批判的な認識論らを含む多くの共通点をもっている。

(b)フェミニズムとこどものための哲学はパースを精密に読むことから恩恵をうけている。だが、こどものための哲学だけが明示的にパースに依拠している。

(c)上記の共通点ゆえに、フェミニスト哲学とこどものための哲学はポストモダン流のテキストへの引きこもりに反対する立場を提示する

  • Collins, Louise , "Philosophy for Children and Feminist Philosophy", in: Thinking: The Journal of Philosophy for Children,  Volume 15, Issue 4, 2001.

以下では、possible novelやthinking storyからいくつかのシーンを描いてみせる。その小説や物語では、こどもたちとその教師たちとをフェミニスト哲学者たちによって議論されてきたいくつかの話題を考えるよう駆り立てることが意図されているものだ。さらに、マニュアル的な活動のためのいくつかのアイデアも提示する。

本論に入る前に重要な注意がある。フェミニスト哲学内部には、あるいはただアメリカ国内ですら、健全な論争が続いている。そえゆえ、私が「フェミニスト哲学」という名のもとで主張を行うとき、それぞれの主張には正確に言えば以下のような前書きがつくこととなる。「少なくとも有意なだけのいくにんかのフェミニスト哲学者は以下に賛同するだろうが...」。私が「フェミニスト」に言及するときも同様である。

 

  • Bleazby, Jennifer, "Philosophy for Children as a Response to Gender Problems", in: Thinking: The Journal of Philosophy for Children, Volume 19, Issue 2/3, 2009

伝統的な教育学が、考えることの男性的な理想を促す一方で、女性的なものを締め出し、汚してきたような様々な手法を概観する。その先で、伝統的なものとは異なる教育学であるP4Cが、伝統的なジェンダーステレオタイプの基礎をなしているようなジェンダー化された二元論(精神と身体、理性と感情、個人と共同体)を再構築することを示す。結果としてP4Cは伝統的なジェンダーステレオタイプを再構築し、数学や科学において女子が平均点以下になること、そして「女性的な」芸術や人文学の価値を下げることに貢献してきたような学校の教科の伝統的なジェンダー化に対し挑んでいるのである。同時にP4Cは男子の教育的なパフォーマンスについての、特に読み書きや行動上の問題と関係するような、目下の関心を克服するだけの価値を特に有しているかもしれないことを示していく。

 

 

  • Yorshansky, Mor, "the community of inquiry a struggle between self and communal transformation for female students ant the other", in: Thinking: The Journal of Philosophy for Children, Volume 19, Issue 2/3, 2009.

若い女性が、女性の知ることについての方法を表現すること、そして、平等の公共の表現/代表を獲得することはとても難しいと思う可能性がある。このことがP4Cにおいて十分に発展してきた正義の理論と社会的な影響の教育的な実践のあいだのありうるギャップをふりかえることへと私たちを導く。この論文では、これらの問いを仮に反省してみることを試み、P4Cの運動のなかでそのようなイシューを議論するための決定的な理論的枠組みを示す。

 

  • María Teresa de la Garza, "Education for liberation", In: Community of inquiry with Ann Margaret Sharp. Childhood, Philosophy and Education, 2017, pp. - .

この章で、María Teresa de la Garzahaは教育の哲学と哲学的な探究の共同体の実践とを社会正義、フェミニズム理論そしてこども期の哲学へと関連づけたシャープの功績を評価していく。教育のタスクは、部分的には、抑圧された人々を公平に扱うようにという求めによって明確にされるものである。シャープは女性とこどもに、自身の経験について哲学することで、パウロフレイレが「沈黙の文化」と言及したものに対して干渉していけるよう励ましてきた。探究の共同体は解放の実践としてみなされることが可能であり、「批評家としてのこども」をもたらすものだ。社会批評の空間としての探究の共同体の教室についてのシャープの理想は、多文化主義的な教育がたやすく歴史的に対立してきた文化的、宗教的、政治的な信念や生き方を互いに一致した関係へともたらしうるのだ、というような浅はかな楽観主義への防御手段となることである。シャープの教育理論は非帝国主義的で、相対的で、文脈的な、彼女のフェミニズム倫理学へのかかわりによっても形成され、そして日々の生活の具体的な詳細へと焦点を向けられてきた。

 *6

 

  • Sharp, Ann Margaret, Gregory, Maughn Rollins, "Towards a feminist philosophy of education: Simone Weil on force, goodness, work, method and time", In: Community of inquiry with Ann Margaret Sharp. Childhood, Philosophy and Education, 2017, pp. - .

この章で、シャープとグレゴリーは、力、善、仕事、方法そして時間といった概念に関するシモーヌ・ヴェイユの著作を利用することで、必然性の文脈内で自己決定的で創造的な仕事のなかに自由を見つけ出すような教育のフェミニスト哲学を明示する。彼らは、いかにしてこういった教育の哲学がこどものための哲学の実践のなかですでに現れているか、またいかにしてさらにこの実践をに影響を与えうるかを説明している。

 

フェミニズムと教育関係で気になって読んでいるもの

そもそも元はと言えば、某土屋さんがこの本を薦めてきたのがきっかけだったかもしれない。

とびこえよ、その囲いを―自由の実践としてのフェミニズム教育

とびこえよ、その囲いを―自由の実践としてのフェミニズム教育

 

確かにとてもよい本だ。

黒人女性で研究者でもあるフックスさんが主に自身の教師としての経験をベースに正直に語る本。

従来のものとは全く異なるような思想をベースにした教育をしていくことに伴う葛藤や希望、そして理論と実践の関係性みたいなことを考える。こどもの哲学を学校でやる、ということと置き換えながら読める。

 

そこからいろいろ気になって読んできた(いる)本たち。

フェミニズムはみんなのもの―情熱の政治学 (ウイメンズブックス (2-1))

フェミニズムはみんなのもの―情熱の政治学 (ウイメンズブックス (2-1))

 
同じ著者の本。こちらは教育というよりもフェミニズムについてのエッセイ。2000年前後の状況がわかっておもしろいし、勉強になる。これも新しいことをするときの運動論、革命論としても読める。
 
バッド・フェミニスト

バッド・フェミニスト

 
軽快なフェミニズム、ポッポカルチャー批評。
完璧なフェミニストにはなれないけれど、それでもフェミニストではいられる。
肩の力を抜いてくれる本。
 
早稲田文学増刊 女性号 (単行本)

早稲田文学増刊 女性号 (単行本)

 
妻と購入。川上未映子責任編集。日本国内を中心とするけれど、古今東西の女性作家の文学作品、批評が並ぶ。
 
説教したがる男たち

説教したがる男たち

 
『災害ユートピア』とかで有名な著者の本。
マンスプレイニングという言葉の発祥にもなっているらしい。
 
自分ひとりの部屋 (平凡社ライブラリー)

自分ひとりの部屋 (平凡社ライブラリー)

 
 

 上のソルニットの本で教えてもらって読み始めたところ。

大事な本だと思う。

 

 

戦う姫、働く少女 (POSSE叢書 Vol.3)

戦う姫、働く少女 (POSSE叢書 Vol.3)

 

 国内外のポップカルチャーに登場する女性の姿を、現代のフェミニズム批評的な感じから読み解き、解釈する。楽しい本。あと理論的なことも勉強になりました。

 

それで、わたしはなにが気になっているのか

 

妻にも言われて、その通りだと思うのだけれど、P4Cとフェミニズムはどちらも対等であること、平等であることを志向する点で共通点がある、というのじゃあ、あまりにも素朴すぎる気がする(もちろんそれを研究のかたちで、日本語で、指摘するのは十分な仕事だとも思うけれど)。上で見てきたような論文では明示されないように思うけれど、その次に挙げたような本にはあるような視点で、私が気になっているのは、P4Cは単なる教育手法や理論に留まるものじゃなくて、常に哲学の「実践」であり、「運動」であり、しかも革命的でラディカルななにかだ、という、あたりのことかもしれない。

 

あとは、(上のことともほのかに関連するような気がするのだけれど)Philosophy for everyoneとstart with minorityは同じことなのか、みたいなことも気になっている。

この教育をなるべく多くの学校の「みんな」に向けて行おうとすることと、教室のなかにいる、あるいは教室にも足を踏み入れられないかもしれないようなただ一人の「あなた」に向けて行おうとすることは同じなのか。

教室で哲学対話を行う意味をだれか一人にとっての<救い>として表現する人がいる(ことがある)。自分の実践はそのような実践であれるのか。

こういうことはフェミニズムとともに考えることで考えられませんか?

 

*1:

Thinking: The Journal of Philosophy for Children - Montclair State University

全目次はこちら(pdf)。

https://www.montclair.edu/media/montclairedu/cehs/documents/iapc/Thinking-Journal-Complete-Index-Vols1-20.pdf

*2:上掲書, p. 47. 著者は本間さん。

*3:上掲書, p. 62-63. 著者は高橋さん。

*4:この本の人。

哲学と子ども―子どもとの対話から

哲学と子ども―子どもとの対話から

 

 

子どもは小さな哲学者 合本版

子どもは小さな哲学者 合本版

 

*5:Vansielegehem, Nancy,  Kennedy, David,  "Introduction. What is Philosophy for Children, What is Philosophy with Children—After Matthew Lipman?", in;Philosophy for Children in Transition: Problems and Prospects (Journal of Philosophy of Education, Wiley-Blackwell, 2012, pp. 1-12.

*6:ここの要旨より。最後の1文が訳せなかった。。

"One of the least-studied aspects of Sharp’s scholarship is the way she incorporated these political and ethical aspects into her philosophical stories and novels for children."

In Community of Inquiry with Ann Margaret Sharp | Childhood, Philosophy and Education | Taylor & Francis Group